完璧を目指しすぎると、かえって前に進めなくなることがある

真面目な人ほど、
何でもきちんとやろうとします。

中途半端ではいけない。
やるなら、しっかり準備してから始めたい。
人に見られても恥ずかしくない形にしてから出したい。

そんなふうに考える人も多いのではないでしょうか。

私自身も、どちらかと言えばそのタイプです。

何かを始める時には、
できるだけ100点に近い形を目指したくなります。

ホームページを作る時も、チラシを作る時も、記事を書く時も、
その時点では自分なりに100点を目指しています。

それ自体は悪いことではありません。

むしろ、適当にやればいいとは思っていません。

ただ、100点を目指しすぎると、
かえって動けなくなることがあります。

考えすぎて、準備ばかりして、
結局なかなか行動に移せない。

私にも、そういうところがあります。


全部を完璧にやろうとすると終わらない

生活の中には、
やらなければいけないことがたくさんあります。

  • 家の片付け
  • 仕事
  • 健康管理
  • ホームページ
  • SNS
  • チラシ
  • これからの生活や働き方のこと

一つひとつを大切に考えることは必要です。

でも、全部を完璧にやろうとすると、
どこかで苦しくなります。

特に新しいことや、経験の少ないことに取り組む時ほど、
失敗する姿を見られるのが嫌で、
なかなか一歩を踏み出せないことがあります。

本当は、まわりの目を気にしすぎても仕方がない。

そう頭では分かっていても、
実際には考えすぎてしまう。

私の場合で言えば、
新規営業的な活動やポスティングなどは、
まさにその一つです。

やった方がいいことは分かっている。
動かなければ結果が出ないことも分かっている。

それでも、

● 天気がどうだろう。
● どの地区から始めるべきだろう。
● チラシはこれでいいのだろうか。
● 本当に反応があるのだろうか。
● 今配って、意味があるのだろうか。

そんなことを考えているうちに、
行動が遅くなってしまうことがあります。

もちろん、考えること自体は大切です。

・誰に届けるのか。
・どの地域に配るのか。
・どんな言葉なら伝わりやすいのか。

何も考えずに動くより、
考えてから動いた方がいい場面はたくさんあります。

ただ、考えることが行動しない理由になってしまうと、
いつまでたっても結果は出ません。

自分でも、
「言い訳ばかり探しているな」
と感じることがあります。

完璧なタイミングを待っていたら、
結局いつまでも始められない。

これは、仕事だけではなく、
人生のいろいろな場面に当てはまるのかもしれません。


100点満点は、そもそも存在しないのかもしれない

もちろん、手を抜きたいわけではありません。

サイトもチラシも記事も、
その時々では、自分なりに100点を目指して作ります。

ただ、最近思うのは、
そもそも本当の意味での100点満点は存在しないのではないか、
ということです。

言葉一つで、受け取る印象は変わります。

同じ文章でも、
読む人の立場や気分によって感じ方は変わります。

こちらが良いと思った表現でも、
別の人には少し硬く感じるかもしれません。

反対に、少しくだけた表現の方が伝わる人もいるでしょう。

チラシも同じです。

親しみやすいと感じる人もいれば、
少し軽いと感じる人もいるかもしれません。

ホームページも同じです。

丁寧だと感じる人もいれば、
文章が長いと感じる人もいるかもしれません。

そう考えると、
ホームページも、チラシも、記事も、
永遠に完成しないものなのかもしれません。

東京ディズニーランドには、
「永遠に完成しない」という考え方があると言われます。

常に改善し続けるからこそ、
完成で終わりではない。

ホームページや記事づくりにも、
それに近いところがあるように思います。

公開したら終わりではなく、
必要に応じて直していく。

その時点での最善を出して、
あとから少しずつ改善していく。

そう考えないと、
いつまでたっても外に出せなくなってしまいます。


パレートの法則は、力の入れどころを考えるヒントになる

私は最近、
パレートの法則という考え方が、
とても大事なのではないかと思うことがあります。

一般的には、
結果の8割は、全体の2割の重要な部分から生まれる、
というように説明されることが多い考え方です。

もちろん、すべてのことがきれいに8対2に分かれるわけではありません。

ただ、この考え方に触れると、
全部を同じ力で頑張ろうとしなくてもいいのではないか、
と思えることがあります。

大切なのは、
何でも完璧にやることではなく、
本当に大事なところに力を使うこと。

結果につながる2割はどこなのか。
今、自分が集中すべきことは何なのか。
逆に、今は少し力を抜いてもいいことは何なのか。

そう考えるだけでも、
少し気持ちが整理されます。

たとえば、ポスティングであれば、
チラシの言葉を何度も細かく直すことも大切です。

でも、それ以上に大事なのは、
実際に配ってみることかもしれません。

ホームページであれば、
細かい言い回しを整えることも大切です。

でも、それ以上に大事なのは、
読んだ人が問い合わせや相談に進みやすい流れになっているかどうかかもしれません。

記事であれば、
一文一文を磨くことも大切です。

でも、それ以上に大事なのは、
読んだ人が
「自分のことかもしれない」
と思えるかどうかかもしれません。

そう考えると、
完璧を目指すことよりも、
力を入れる場所を間違えないことの方が大切なのだと思います。


2:6:2の法則から考える、人との受け止め方

もう一つ、
2:6:2の法則という言葉もあります。

組織や集団の中では、
積極的に動く人が2割、
普通に動く人が6割、
あまり動かない人が2割に分かれる、
というように語られることがあります。

これも、すべてにそのまま当てはまるわけではありません。

ただ、人の受け止め方を考える時には、
一つのヒントになる気がします。

どれだけ丁寧に作っても、
全員に同じように伝わるわけではありません。

チラシを見て、
すぐに良いと思ってくれる人もいるかもしれません。

何となく気にはなるけれど、
すぐには動かない人もいるでしょう。

反対に、まったく関心を持たない人もいると思います。

記事でも、SNSでも、人間関係でも同じです。

全員に好かれようとすると、
苦しくなります。

全員に納得してもらおうとすると、
言葉がどんどん曖昧になります。

だからこそ、
自分が本当に届けたい人に向けて書く。

必要としてくれる人に向けて届ける。

その方が、結果として伝わりやすくなるのではないかと思います。

2:6:2の法則は、
人を分類するためのものではなく、
全員に受け入れられようとしすぎないための考え方として、
私は受け止めています。


60点でも、出してみないと始まらない

仕事でも何でも、
評価する以前に、まずは形にすることが前提になります。

完成していなければ、
良い悪いを論じる以前の話です。

30点でも、40点でも、60点でも、
まず形になっていることが前提です。

そのうえで、
評価や改善は後からついてくるのだと思います。

100点を目指す気持ちは大事です。

でも、100点を目指しすぎて何も出せないなら、
60点でも出した方が前に進みます。

完璧ではなくても公開する。
完璧ではなくても配ってみる。
完璧ではなくても行動してみる。

そして、あとから直す。

その方が、結果として前に進むことがあります。

100点の記事を1本だけ書こうとして止まるより、
60点でも10本書いた方が、
見えてくるものがあります。

100点のチラシを考え続けるより、
まず配ってみた方が、
反応から学べることがあります。

100点のホームページを作ろうとして止まるより、
今できる形で出して、
少しずつ整えていく方が現実的な場合もあります。

ゼロのままでは、
何も起こりません。

でも、60点でも外に出せば、
誰かの目に触れます。

反応があるかもしれない。
反応がないかもしれない。
思っていた方向と違う反応が返ってくるかもしれない。

それでも、
何かしらの材料は残ります。

行動して初めて、
次に直す場所が見えてくるのだと思います。


段取り八分、あとは現場合わせ

私の中には、
「段取り八分、あとは現場合わせ」
という考え方があります。

準備は大切です。

何も考えずに動けばいい、
という話ではありません。

ただ、どれだけ準備しても、
実際にやってみないと分からないことはあります。

現場に出てみて初めて気づくこと。
人に見てもらって初めて分かること。
反応があって初めて修正できること。

そういうものは、机の上で考えているだけでは見えてきません。

私自身、最初はかなり頑張るタイプです。

100点を目指して準備をする。

けれど、半分を過ぎてゴールが見えてくると、
少し安心してしまい、
最後の詰めが甘いと、自分でも十分に感じるタイプです。

自己評価するなら、
80点から90点くらいで終わることが多いのかもしれません。

本当は、最後まできっちり仕上げられれば一番いいのでしょう。

でも最近は、
それでいい部分もあるのではないかと思うようになりました。

完全ではない。
でも、止まっているよりは進んでいる。

この感覚も、大事なのだと思います。

最初から完璧なものを作ろうとするより、
まず形にする。

そして、必要なところを直していく。

その繰り返しの方が、
自分には合っているのかもしれません。


「まぁいいか」は、投げやりな言葉ではない

昔の私は、
まわりの出来事に対して、
自分なりの意見やアイデアを持ちがちでした。

それぞれの立場から見れば、
もっとこうすればいいのではないか。

そんなふうに考えることも多かったように思います。

でも最近は、
自分が当事者ではないことに対して、
外から簡単に意見を言うことは、
少し控えるようになりました。

事情のすべてを知っているわけではない。
責任を持てる立場でもない。
良かれと思った言葉が、かえって混乱を招くこともある。

そう考えると、
あえて言わないことも必要なのだと思います。

自分のことに関しても、
以前よりは少しだけ、
「まぁいいか」と思えるようになってきた気がします。

もちろん、いい加減でいいという意味ではありません。

ただ、できなかったことに対して、
いつまでも自分を責め続けても仕方がない。

その時の自分には、
まだその実力がなかったのかもしれない。

本気になるだけの準備が整っていなかったのかもしれない。

そう受け止めることも、
時には必要なのだと思います。

「まぁいいか」は、
投げやりな言葉ではありません。

全部を抱え込みすぎないための、
一つの力の抜き方なのかもしれません。

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本当に大事な2割は何か

一日24時間は、誰にとっても同じです。

そのうち、睡眠や身支度に使う時間があります。

仕事に使う時間があります。

食事や休憩に使う時間もあります。

そう考えると、
自分のために自由に使える時間は、
思ったより多くありません。

仮に残りが5時間ほどだとすれば、
それは一日の約2割です。

この2割を、何に使うのか。

そこが、これからの人生ではとても大事になってくる気がしています。

● なんとなくスマホを見る。
● なんとなくネットを見る。
● なんとなくインスタやYouTubeを見る。

それで30分、1時間が過ぎてしまうこともあります。

私自身、短いスキマ時間の使い方は、
あまり上手ではありません。

何か新しく取り組むなら、
最低でも1時間くらいはないと、
なかなかやる気になれないタイプです。

子育てや仕事をしながら、
家事もこなしている人を見ると、
本当にすごいなと思います。

だからこそ、
限られた時間をどう使うかは、
今後の大きな課題でもあります。

健康面で言えば、
睡眠と運動。

今日はどれくらい動いたのか。
どれくらい歩いたのか。
体を整えるために何をしたのか。

仕事面で言えば、
今日はいくら売り上げたのか。

あるいは、
今後の売り上げにつながる仕事として何をしたのか。

それに、どれくらいの時間を使ったのか。

そういうことを、
できるだけ意識するようにしています。

私にとって本当に大事な2割は、
おそらく健康と時間の使い方なのだと思います。

健康がなければ、
仕事も遊びも続きません。

そして、
時間の使い方が変わらなければ、
これからの人生も大きくは変わらないと思っています。

だからこそ、
全部を完璧にやろうとするより、
本当に大事なところに力を使う。

それ以外は、時には「まぁいいか」と考える。

50代・60代からは、
そんな力の抜き方も必要なのかもしれません。

100点を目指して止まってしまうより、
60点でも前に進む。

そして、進みながら少しずつ直していく。

その積み重ねが、
これからの自分を少しずつ作っていくのだと思います。