自分を好きになれなくても大丈夫|好きになるより大切なこと
「まずは自分を愛しなさい」
「自分を好きになりましょう」
そんな言葉を聞いたことがある人は多いと思います。
たしかに、自分を好きでいられることは素敵なことなのかもしれません。
でも、そう言われても簡単にはできない。
そんなふうに感じる人も、少なくないのではないでしょうか。
私自身、昔からあまり自分のことを好きではありませんでした。
今でも「自分が大好きです」とは言えません。
ただ、以前ほど嫌いでもなくなりました。
今回は、自分を好きになれない人に向けて、
少しだけ私自身のことも交えながら書いてみたいと思います。
私も自分を好きになれませんでした
物心ついた頃から、
私はどちらかというと周りを気にする子どもだったように思います。
長男であり、初孫でもあったため、
多くの大人たちに可愛がってもらった記憶があります。
そのせいなのか、周りの空気や人の反応をよく見ていました。
何かをもらった時も、素直に「ありがとう」と言うより先に、大人たちの様子を見てしまう。
今思えば、少し可愛げのない子どもだったかもしれません。笑
また、昔から一番を目指すタイプでもありませんでした。
どちらかというと、二番手くらいの立場が落ち着く。
一番になると責任も大きくなりますし、人を惹きつける力も必要になります。
自分にはその役割は似合わない。
そんな感覚が、どこかにあったのだと思います。
自分の何が嫌いなのかも、よく分からなかった
では、自分のどこが嫌いだったのか。
そう聞かれると、実は今でもはっきりとは分かりません。
飽きっぽいところ。
継続が苦手なところ。
要領が悪いところ。
人と少し違うところ。
思い当たることはいくつもあります。
でも本当は、それが理由なのかどうかも分かりません。
自分を好きになれなかったというより、
自分がどんな人間なのか、よく分かっていなかったのかもしれません。
私は、人のことを客観的に見るのは比較的得意です。
相談に乗ったり、第三者の立場で物事を考えたりすることも嫌いではありません。
ところが、自分自身のことになると急に分からなくなります。
自分で自分を見ているはずなのに、自分が一番見えていない。
そんな感覚が、ずっとありました。
人はつい自分を責めてしまう
私たちは、子どもの頃から比べられながら育ちます。
学校では成績。
社会に出れば仕事や収入。
今はSNSで、他人の活躍まで簡単に見える時代です。
すると、どうしても自分のできない部分ばかりに目が向いてしまいます。
「あの人はすごい」
「自分はまだまだだ」
「どうして自分は同じようにできないのだろう」
そんなふうに考えてしまうこともあります。
オリンピックに出場するような人たちは、きっと大の負けず嫌いの人が多いのでしょう。
でも、世の中の全員がそうではありません。
一番を目指す人もいれば、二番手の方が力を発揮できる人もいます。
表に立つ人もいれば、支える側で力を発揮する人もいます。
誰もが同じ価値観で生きているわけではありません。
好きになれなくてもいい
年齢を重ねて思うのは、自分を無理に好きになる必要はないということです。
もちろん、自分を好きでいられたら素敵です。
でも、それができないからといって駄目なわけではありません。
私自身、今でも「自分が大好きです」とは言えません。
ただ、昔ほど嫌いでもなくなりました。
そして最近は、自分を好きか嫌いかで考えること自体が減ったように思います。
好きか嫌いかよりも、
「まあ、これも自分か」
そう思えることの方が、今の私にはしっくりきます。
自分を好きになれなくてもいい。
でも、自分を嫌い続ける必要もない。
そのくらいで十分なのかもしれません。
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今のままでも前へ進める
私は昔から、考えて納得しないと動けない人間でした。
言われたことをすぐに素直に実行できる人を見ると、うらやましく感じることもあります。
要領よく生きられる人を見ると、自分は生き方が下手だなと思うこともあります。
でも結局、人は自分以外の誰かにはなれません。
50年以上この性格で生きてきたのですから、今さらまったく別の人間になることも難しいでしょう。笑
それなら、無理に別人になろうとするよりも、自分の気持ちに素直に進んだ方がいい。
今できる目の前のことを、ひとつずつやっていく。
進んでいるうちに、新しいご縁や新しい景色が見えてくるかもしれません。
自分を好きになれなくても大丈夫
自分を好きになれなくても大丈夫です。
私も今でも、自分を大好きとは言えません。
でも、
「これも自分か」
と思えるようにはなりました。
それだけでも、少し前へ進めるのだと思います。
無理に自分を好きになろうとしなくてもいい。
ただ、自分を責め続けることを少しずつやめていく。
そして、自分の人生を自分の歩幅で歩いていく。
それで十分なのではないでしょうか。

